培養食料について

 世界的な人口増加により食料消費が増加しており、今後世界的な食料不足や食料費の高騰が危惧されています。特に新興国の経済発展により肉食需要が高まることが予想され、将来的に人類が必要とするタンパク質の需要に対して供給が追い付かなくなるタンパク質危機(タンパク質クライシス)が懸念されています。現在、食肉生産はトウモロコシや小麦などの穀物飼料で飼育したニワトリ、ブタ、ウシなどから食用肉を採取することで行われているため、食肉の増産には家畜飼料となる穀物の栽培も拡大させる必要があります。

 しかしながら、穀物を飼料とした食肉生産の拡大を持続させることは将来的に困難になると予測されます。また、気候変動や環境汚染、口蹄疫や牛海綿状脳症(BSE)などの家畜の疾病は食肉生産の安定性・安全性を脅かす危険性を持っており、また家畜飼育に伴って排出される温室効果ガスはその全排出量の18%であるといった問題もあります。さらに、我が国は穀物・食肉の多くを輸入に頼っており、この低い食料自給率が日本の将来の食料供給の持続性を脅かしています。

 このような背景のなか、穀物を飼料とした従来型の家畜飼育に替わる新たな食料生産システムとして細胞培養技術を基盤とする食肉生産を実現しようとするムーブメントが起きています。これまで主に医学研究において蓄積されてきた細胞培養技術を応用することで、家畜に頼らない新しい食料生産を目指す研究が急速に注目されるようになっています。

 特に、ニワトリ、ブタ、ウシなどの食用部位である筋肉の細胞を培養技術によって効率的に増幅させ、組織構築技術を駆使して食肉の繊維のように配向・肥大させることで、最終的に食用肉として作られる“培養肉”の生産技術が近年最も注目を集めています。既存の穀物栽培と家畜飼育に頼らない革新的な食肉生産システムの創出に挑戦する試みは、環境の変化によって地球規模で起こるリスクを軽減し、食肉の安定的・持続的な供給を可能にすることで将来的に危惧される世界の食料不足・飢餓の救済に貢献するとともに、より健康的な食肉を安定に生産する新規産業を創出し、新しい食文化形成の端緒となると期待されています。